Sanshiro Chapter 9


section 167

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与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)勧めるすすめる advise; encourageので、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はとうとう精養軒精養軒せいようけん Seiyōken (name of high-end Western-style restaurant)かい gathering; party出たた appeared (at)。そのとき time; occasion三四郎は黒いくろい blackつむぎ pongee (soft thin cloth woven from raw silk)羽織羽織はおり haori (Japanese half-coat)着たた wore。この羽織は、三輪田三輪田みわた Miwata (family name)お光みつ Omitsu (name)さんのおっかさんが織ってって weaveくれたのを、紋付紋付もんつき with one's family crest染めてめて dyed、お光さんが縫い上げたげた sewed; tailoredものだと、はは mother手紙手紙てがみ letter; correspondence長いながい long; lengthy説明説明せつめい explanationがある。小包み小包こづつみ package届いたとどいた arrived; was delivered時、いちおう着てみて、おもしろくないから、戸棚戸棚とだな closet; wardrobe入れてれて put intoおいた。それを与次郎が、もったいないからぜひ着ろ着ろと言うう said。三四郎が着なければ、自分自分じぶん oneself持っていってっていって take away; take with着そうな勢いいきおい energy; vigorであったから、つい着る inclinationになった。着てみると悪くはないわるくはない not badようだ。

三四郎はこのいでたちいでたち dress; outfitで、与次郎と二人二人ふたり two (people)で精養軒の玄関玄関げんかん entry hall立ってって standいた。与次郎のせつ view; opinionによると、お客きゃく guestsはこうして迎えべきむかえべき should greet; should welcomeものだそうだ。三四郎はそんなこととは知らなかったらなかった didn't know (about); hadn't been aware (of)第一第一だいいち for one thing; first off自分がお客のつもりでいた。こうなると、紬の羽織ではなんだか安っぽいやすっぽい garish; tacky受け付けけ receiver; greeterの気がする。制服制服せいふく (school) uniformを着てくればよかったと思ったおもった thought; considered。そのうち会員会員かいいん party members; participantsがだんだん来る。与次郎は来るる come; arriveひと personsをつらまえてきっとなんとかはなし conversation; exchange (of words)をする。ことごとく旧知旧知きゅうち old friendのようにあしらってあしらって treat; deal withいる。お客が帽子帽子ぼうし hat外套外套がいとう overcoat給仕給仕きゅうじ attendant渡してわたして hand to広いひろい wide梯子段梯子段はしごだん staircaseよこ side (of)を、暗いくらい dark廊下廊下ろうか hallway; corridorほう direction折れるれる turnと、三四郎に向かってかって face; turn toいま (just) nowのは誰某誰某だれそれがし so-and-so; a certain someoneだと教えておしえて tell; informくれる。三四郎はおかげで知名な知名ちめいな well-known; renowned人のかお facesをだいぶ覚えたおぼえた learned

そのうちお客はほぼ集まったあつまった gathered; assembledやく about三十人三十人さんじゅうにん thirty people足らずらず just under; just short ofである。広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaもいる。野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんもいる。――これは理学者理学者りがくしゃ physicistだけれども、 painting文学文学ぶんがく literature好きだきだ have a liking forからというので、原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんが、むりに引っ張り出したした dragged along; coerced (to come with)のだそうだ。原口さんはむろんいる。いちばんさきへ来てて come; arrive世話を焼いたり世話せわいたり flit about愛嬌を振りまいたり愛嬌あいきょうりまいたり turn on the charm; be all smilesフランス式フランスしき French styleひげ whiskersをつまんでみたり、万事万事ばんじ all things忙しそういそがしそう looking busyである。

section 168

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やがて着席着席ちゃくせき sitting down; taking one's seatとなった。めいめいかってなところ placeへすわる。譲るゆずる yield; defer (to another)もの personsもなければ、争うあらそう contend; vie者もない。そのうちでも広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaはのろいにも似合わず似合にあわず out of character (with)いちばんに腰をおろしてこしをおろして sit downしまった。ただ与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)だけがいっしょになって、入口入口いりぐち entranceに近くちかく near; close to座を占めためた took seatsその他そのほか the othersはことごとく偶然偶然ぐうぜん chance; fortuity向かい合わせかいわせ pairing (across a table)隣同志となり同志どうし neighbor; adjacent pairingであった。

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんと広田先生のあいだにしま stripe羽織羽織はおり haori (Japanese half-coat)着たた wore批評家批評家ひひょうか criticがすわった。向こうこう oppositeには庄司庄司しょうじ Shōji (name)という博士博士はかせ scholar (PhD)座に着いたいた was seated。これは与次郎のいわゆる文科文科ぶんか department of literature有力な有力ゆうりょくな influential; prominent教授教授きょうじゅ professorである。フロックフロック frock coatを着た品格品格ひんかく dignity; refinementのあるおとこ man; gentlemanであった。かみ hair普通普通ふつう ordinary; usualばい twice; double以上以上いじょう more than長くながく longしている。それが電燈電燈でんとう electric lightingひかり lightで、黒くくろく darkly渦をまいてうずをまいて swirl; coil見えるえる appear (to)。広田先生の坊主頭坊主ぼうずあたま close-cropped hair比べるくらべる compareとだいぶ相違相違そうい difference; contrastがある。原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんはだいぶ離れてはなれて apart; separated席を取ったせきった took a seat。あちらのかど cornerだから、遠くとおく far; at a distance三四郎と真向かい真向まむかい directly oppositeになる。折襟折襟おりえり folded collarに、はば width広いひろい wideくろ black襦子襦子じゅす satin結んだむすんだ tiedさきがぱっと開いてひらいて open; spread apart胸いっぱいむねいっぱい covering one's chest; across one's chestになっている。与次郎が、フランスの画工画工アーチスト artistsは、みんなああいう襟飾り襟飾えりかざり necktie着けるける affix; put onものだと教えておしえて tell; informくれた。三四郎は肉汁肉汁ソップ bouillon (ソップ from Dutch vs the usual スープ from English)吸いながらいながら sipping; drinking、まるで兵児帯兵児帯へこおび waist band結び目むす knotのようだと考えたかんがえた thought; mused。そのうち談話談話だんわ talk; conversationがだんだん始まったはじまった started; began。与次郎はビールを飲むむ drink。いつものように口をきかないくちをきかない not be talkative; not be verbose。さすがの男もきょうは少々少々しょうしょう somewhat謹んでつつしんで be discreet; show respectいるとみえる。三四郎が、小さなちいさな small; quiet (voice)こえ voiceで、

「ちと、ダーターファブラダーターファブラ Latin phrase 'de te fabula' from Horace's Satires. Meaning: don't laugh - change the names and the story applies to you.をやらないか」と言うう askと、「きょうはいけない」と答えたこたえた answeredが、すぐよこ side; sideways向いていて turn toward、隣の男とはなし conversationを始めた。あなたの、あの論文論文ろんぶん essay; paper拝見して拝見はいけんして see; look at大いにおおいに greatly利益を得ました利益りえきました profited; benefitedとかなんとか礼を述べてれいべて express gratitude; express appreciationいる。ところがその論文は、かれ he自分自分じぶん oneselfまえ front ofで、さかんに罵倒した罵倒ばとうした disparagedものだから、三四郎にはすこぶる不思議の不思議ふしぎの odd; curious思いおもい feelingがある。与次郎はまたこっちを向いた。

section 169

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「その羽織羽織はおり haori (Japanese half-coat)はなかなかりっぱだ。よく似合う似合にあう suit; become」と白いしろい whiteもん (family) crestをことさら注意して注意ちゅういして take notice of; focus onながめている。そのとき time; moment向こうこう opposite; far (side)はじ endから、原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんが、野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)話しかけたはなしかけた spoke to; addressed元来元来がんらい by nature大きなおおきな big; loud (voice)こえ voiceひと personだから、遠くとおく (from a) distance応対する応対おうたいする deal; engage (with)にはつごうがいい。いま now; the presentまで向かい合わせにかいわせに face-to-face; across (the table)言葉言葉ことば words; conversationをかわしていた広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota庄司庄司しょうじ Shōjiという教授教授きょうじゅ professorは、二人二人ふたり two (people)応答応答おうとう dialog; exchange途中で途中とちゅうで in the middle; from the middleさえぎることを恐れておそれて fear; be concerned over談話談話だんわ talk; conversationをやめた。そのほか otherひと personsもみんな黙っただまった became silent; stopped talkingかい gathering; party中心点中心点ちゅうしんてん focal pointがはじめてできあがった。

「野々宮さん光線光線こうせん light beam圧力圧力あつりょく pressure試験試験しけん test; experimentはもう済みましたみました finish; be concludedか」

「いや、まだなかなかだ」

「ずいぶん手数手数てすう trouble; effortがかかるもんだね。我々我々われわれ we; us職業職業しょくぎょう profession根気根気こんき patience; perseverance仕事仕事しごと work; endeavorだが、きみ youのほうはもっと激しいはげしい extreme; intenseようだ」

 paintingインスピレーションインスピレーション inspirationですぐかけるからいいが、物理物理ぶつり physics実験実験じっけん experimentationはそううまくはいかない」

「インスピレーションには辟易する辟易へきえきする flinch (from); wince (under)。このなつ summerあるところ place; area通ったらとおったら pass by; pass throughばあさんが二人で問答問答もんどう dialogをしていた。聞いていて listenみると梅雨梅雨つゆ rainy seasonはもう明けたけた cleared; ended (rainy season)んだろうか、どうだろうかという研究研究けんきゅう inquiry; investigationなんだが、一人一人ひとり one (person)のばあさんが、むかし former times; old daysかみなり thunderさえ鳴ればれば sound; rumble梅雨は明けるにきまっていたが、近ごろちかごろ recentlyじゃそうはいかないとこぼしている。すると一人がどうしてどうして、雷ぐらいで明けることじゃありゃしないと憤慨して憤慨ふんがいして be indignant; chafe atいた。――絵もそのとおり、今の絵はインスピレーションぐらいでかけることじゃありゃしない。ねえ田村田村たむら Tamura (name)さん、小説小説しょうせつ story; novelだって、そうだろう」

となり adjacent; neighboring (position)に田村という小説家小説家しょうせつか writer; novelistがすわっていた。このおとこ man自分の自分じぶんの one's ownインスピレーションは原稿原稿げんこう draft; manuscript催促催促さいそく urgency; demand (for)以外以外いがい outside of; with exception ofになんにもないと答えたこたえた answeredので、大笑い大笑おおわらい burst of laughterになった。田村は、それから改まってあらたまって anew; afresh、野々宮さんに、光線に圧力があるものか、あれば、どうして試験するかと聞きだした。野々宮さんの答はおもしろかった。――

section 170

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雲母雲母マイカ mica何かなにか somethingで、十六武蔵十六じゅうろく武蔵むさし sixteen soldiers (game played with disk-shaped markers)ぐらいの大きさおおきさ size薄いうすい thin円盤円盤えんばん disk作ってつくって make; fabricate水晶水晶すいしょう crystalいと thread釣るしてるして hang; suspend真空真空しんくう vacuumのうちに置いていて set; place、この円盤のめん surface弧光燈弧光燈アークとう arc lampひかり light直角に直角ちょっかくに perpendicularlyあてると、この円盤が光に圧されてされて be pushed動くうごく move。と言うのである。

一座一座いちざ the party; those present耳を傾けて聞いてみみかたむけていて listen with interestいた。なかにも三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)腹のなかではらのなかで to oneself、あの福神漬福神漬ふくじんづけ sliced vegetables preserved in soy sauceかん canのなかに、そんな装置装置そうち device; apparatusがしてあるのだろうと、上京上京じょうきょう arrival in Tōkyōのさい、望遠鏡望遠鏡ぼうえんきょう telescope驚かされたおどろかされた was impressedむかし former time思い出したおもした remembered; recalled

きみ you (used here as form of address)、水晶の糸があるのか」と小さいちいさい small; quiet (voice)こえ voice与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)に聞いてみた。与次郎は頭を振ってあたまって shake one's headいる。

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さん、水晶の糸がありますか」

「ええ、水晶の powderをね。酸水素酸水素さんすいそ oxyhydrogen (mixture of oxygen and hydrogen gases)吹管吹管すいかん blowpipeほのう flame溶かしてかして meltおいて、両方の手両方りょうほう both handsで、左右左右さゆう left and right引っ張るる pull; stretch細いほそい slender; fine糸ができるのです」

三四郎は「そうですか」と言ったった remarked; repliedぎり、引っ込んだんだ withdrew; pursued no further今度今度こんど nextは野々宮さんのとなり adjacent; neighboring (position)にいるしま stripe羽織羽織はおり haori (Japanese half-coat)批評家批評家ひひょうか critic口を出したくちした spoke up

我々我々われわれ we; usはそういう方面方面ほうめん area; field (of study)へかけると、全然無学全然ぜんぜん無学むがく fully ignorant; completely uninitiatedなんですが、はじめはどうして気がついたがついた noticed; became aware (of)ものでしょうな」

理論上理論りろんじょう in theory; based on theoryマクスウェルマクスウェル James Clerk Maxwell (Scottish scientist; 1831-1879)以来以来いらい since ...予想されて予想よそうされて be expected; be predictedいたのですが、それをレベデフレベデフ Pyotr Nikolaevich Lebedev (Russian physicist; 1866-1912)というひと person; manがはじめて実験実験じっけん experiment証明した証明しょうめいした confirmedのです。近ごろちかごろ recentlyあの彗星彗星すいせい comet tailが、太陽太陽たいよう the sunほう directionへ引きつけられべきはずであるのに、出るる come out; appearたびにいつでも反対反対はんたい opposite方角方角ほうがく directionなびくなびく flutter; wave; bendのは光の圧力圧力あつりょく pressure吹き飛ばされるばされる be blown out; be blown awayんじゃなかろうかと思いついたおもいついた think of; be struck with (an idea)人もあるくらいです」

批評家はだいぶ感心した感心かんしんした was impressedらしい。

思いつきおもいつき ideaもおもしろいが、第一第一だいいち first of all大きくておおきくて big; grandいいですね」と言った。

「大きいばかりじゃない、罪がなくってつみがなくって harmless; innocuous愉快愉快ゆかい pleasant; exhilaratingだ」と広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaが言った。

「それでその思いつきがはずれたら、なお罪がなくっていい」と原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんが笑ってわらって grin; laughいる。

section 171

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「いや、どうもあたっているらしい。光線光線こうせん light beam圧力圧力あつりょく pressure半径半径はんけい radius二乗二乗にじょう square比例する比例ひれいする be proportional toが、引力引力いんりょく attraction; gravitational pullのほうは半径の三乗三乗さんじょう cubeに比例するんだから、もの things; objects小さくなればなるほどちいさくなればなるほど the smaller (something) becomes引力のほうが負けてけて lose out; succumb to、光線の圧力が強くなるつよくなる become strong; dominate。もし彗星彗星すいせい comet tail非常に非常ひじょうに extremely; exceedingly細かいこまかい fine; minute小片小片パーチクル particlesからできているとすれば、どうしても太陽太陽たいよう the sunとは反対反対はんたい oppositeほう direction吹き飛ばされるばされる be blown out; be blown awayわけだ」

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)は、ついまじめになった。すると原口原口はらぐち Haraguchi (name)例のれいの signature; characteristic調子調子ちょうし style; mannerで、

罪がないつみがない harmless; innocuous代りにかわりに in exchange for; while ...、たいへん計算計算けいさん calculationがめんどうになってきた。やっぱり一利一害一利一害いちりいちがい something gained and something lost; give and takeだ」と言った。この一言一言いちごん few words; brief commentで、人々人々ひとびと everybodyはもとのとおりビールの気分気分きぶん feeling; mood復したふくした returned; reverted (to)広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaが、こんなこと fact; matterを言う。

「どうも物理学者物理ぶつり学者がくしゃ physicist自然派自然派しぜんは naturalistじゃだめのようだね」

物理学者と自然派の二字二字にじ two words少なからずすくなからず not a little; in no small manner満場満場まんじょう the whole party; all present興味興味きょうみ interest刺激した刺激しげきした aroused; piqued (interest)

「それはどういう意味意味いみ meaning; senseですか」と本人本人ほんにん the person in questionの野々宮さんが聞き出したした inquired; questioned。広田先生は説明しなければならなくなった説明せつめいしなければならなくなった was compelled to explain

「だって、光線の圧力を試験する試験しけんする test; measureために、 eyesだけあけて、自然を観察して観察かんさつして observeいたって、だめだからさ。自然の献立献立こんだて menu; bill of fareのうちに、光線の圧力という事実事実じじつ truth; reality印刷されて印刷いんさつされて be printedいないようじゃないか。だから人工的に人工的じんこうてきに artificially; through man-made means水晶水晶すいしょう crystalいと threadだの、真空真空しんくう vacuumだの、雲母雲母マイカ micaだのという装置装置そうち device; apparatusをして、その圧力が物理学者の目に見えるえる appear; be visibleように仕掛ける仕掛しかける set about (to do something)のだろう。だから自然派じゃないよ」

「しかし浪漫派浪漫ローマン romanticistでもないだろう」と原口さんがまぜ返したまぜかえした interjected

「いや浪漫派だ」と広田先生がもったいらしくもったいらしく emphatically弁解した弁解べんかいした asserted; defended (oneself)。「光線と、光線を受けるける receiveものとを、普通の普通ふつうの usual; ordinary自然界自然界しぜんかい natural worldにおいては見出せない見出みいだせない can't find; can't discoverような位置関係位置いち関係かんけい positional relationship置くく set; placeところがまったく浪漫派じゃないか」

「しかし、いったんそういう位置関係に置いた以上は以上いじょうは given that ...、光線固有の固有こゆうの characteristic; natural; inherent圧力を観察するだけだから、それからあとは自然派でしょう」と野々宮さんが言った。

section 172

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「すると、物理学者物理ぶつり学者がくしゃ physicist浪漫的浪漫ローマンてき romantic自然派自然しぜん naturalistですね。文学文学ぶんがく literatureのほうでいうと、イブセンイブセン Henrik Johan Ibsen (Norwegian Playwright, 1828 – 1906, whose works include A Doll's House)のようなものじゃないか」と筋向こうすじこう diagonally opposite博士博士はかせ scholar比較比較ひかく comparison持ち出したした put forth; proposed

「さよう、イブセンのげき drama野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)くん (suffix of familiarity for males)同じおなじ the same; equivalentくらいな装置装置そうち deviceがあるが、その装置のもと below; beneath働くはたらく function; operate人物人物じんぶつ charactersは、光線光線こうせん light beamのように自然の法則法則ほうそく rules; laws従ってしたがって follow; adhere toいるか疑わしいうたがわしい doubtful; questionable」これはしま stripe羽織羽織はおり haori (Japanese half-coat)批評家批評家ひひょうか critic言葉言葉ことば wordsであった。

「そうかもしれないが、こういうことは人間人間にんげん human beings研究研究けんきゅう study; researchじょう with respect to; concerning ...記憶して記憶きおくして rememberおくべき事だと思うおもう think; believe。――すなわち、ある状況状況じょうきょう situation; circumstancesのもとに置かれたかれた be put; be placed人間は、反対反対はんたい opposite方向方向ほうこう direction; course (of action)に働きうる能力能力のうりょく ability; faculty権力権力けんりょく power; authorityとを有してゆうして have; possessいる。ということなんだが、――ところが妙なみょうな odd; curious習慣習慣しゅうかん custom; practiceで、人間も光線も同じように器械的器械的きかいてき mechanisticの法則に従って活動する活動かつどうする act; behaveと思うものだから、時々時々ときどき sometimesとんだ間違い間違まちがい mishap; troubleができる。おこらせようと思って装置をすると、笑ったりわらったり smile; laugh、笑わせようともくろんでもくろんで plan; schemeかかると、おこったり、まるで反対だ。しかしどちらにしても人間に違いないちがいない without a doubt; assuredly」と広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaがまた問題問題もんだい subject; topic (of conversation)大きくしておおきくして expanded; broadenedしまった。

「じゃ、ある状況のもとに、ある人間が、どんな所作所作しょさ conduct; behaviorをしてもしぜんだということになりますね」と向こうの小説家小説家しょうせつか novelist質問した質問しつもんした asked; questioned。広田先生は、すぐ、

「ええ、ええ。どんな人間を、どう描いていて depict; describe世界世界せかい the world一人一人ひとり one (person)くらいはいるようじゃないですか」と答えたこたえた replied; answered。「じっさい人間たる我々我々われわれ we; usは、人間らしからざるらしからざる unbecoming of (= らしくない)行為行為こうい actions; deeds動作動作どうさ behavior; mannerを、どうしたって想像できる想像そうぞうできる imagine; conceive ofものじゃない。ただへたに書くく write; compose; penから人間と思われないおもわれない doesn't seem to be ...のじゃないですか」

小説家はそれで黙っただまった was silent; offered no response今度今度こんど now; nextは博士がまた口をきいたくちをきいた spoke

「物理学者でも、ガリレオガリレオ Galileo寺院寺院じいん temple; church; cathedral釣りランプりランプ pendant lampいち one振動振動しんどう period; oscillation時間時間じかん timeが、振動の大小大小だいしょう large or small; magnitudeにかかわらず同じおなじ the sameであることに気がついたりがついたり noticed; realizedニュートンニュートン Newton林檎林檎りんご apple引力引力いんりょく gravitational pull落ちるちる fallのを発見したり発見はっけんしたり discoverするのは、はじめから自然派ですね」

「そういう自然派なら、文学のほうでも結構結構けっこう acceptable; well enoughでしょう。原口原口はらぐち Haraguchi (name)さん、 paintingのほうでも自然派がありますか」と野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんが聞いたいた asked

「あるとも。恐るべきおそるべき dreadful; fearsomeクールベエクールベエ Jean Désiré Gustave Courbet (French realist painter; 1819-1877)というやつがいる。[vérité vraievérité vraie (genuine truth; honest truth).]なんでも事実事実じじつ realityでなければ承知しない承知しょうちしない not accept; not acknowledge。しかしそう猖獗を極めて猖獗しょうけつきわめて run rampant; be rifeいるものじゃない。ただ一派一派いっぱ one faction; one schoolとして存在存在そんざい existence; presence認められるみとめられる be recognized; be acknowledgedだけさ。またそうでなくっちゃ困るこまる be troubled; be botheredからね。小説だって同じことだろう、ねえきみ you (used here as form of address)。やっぱりモローモロー Gustave Moreau (French Symbolist painter; 1826–1898)や、シャバンヌシャバンヌ Pierre Puvis de Chavannes (French Symbolist painter; 1824-1898)のようなのもいるはずだろうじゃないか」

「いるはずだ」と隣の小説家が答えた。

section 173

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食後食後しょくご after dinnerには卓上演説卓上たくじょう演説えんぜつ table speech; dinner speech何もなかったなにもなかった there was no ...。ただ原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんが、しきりに九段九段くだん Kudan (place name)うえ top of銅像銅像どうぞう bronze statue; bronze bust悪口を言って悪口わるくちって speak ill of; rail againstいた。あんな銅像をむやみに立てられててられて have erectedは、東京東京とうきょう Tōkyō市民市民しみん citizenry迷惑する迷惑めいわくする be put out; be affronted。それより、美しいうつくしい beautiful芸者芸者げいしゃ geishaの銅像でもこしらえるほうが気が利いているいている be smart; be sensibleというせつ view; opinionであった。与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)に九段の銅像は原口さんと仲の悪いなかわるい on bad termsひと person作ったつくった createdんだと教えたおしえた told; informed

かい party; gathering済んでんで end; concludeそと outside出るる come out; emerge (into)といいつき moonであった。今夜今夜こんや this evening広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirota庄司博士庄司しょうじ博士はかせ Dr. Shōjiによい印象印象いんしょう impression与えたろうあたえたろう impart onかと与次郎が聞いたいた asked。三四郎は与えたろうと答えたこたえた replied。与次郎は共同共同きょうどう public-use水道栓水道栓すいどうせん faucet; tapのそばに立って、このなつ summerよる evening散歩散歩さんぽ walk; stroll来てて came (to)、あまり暑いあつい hot; sultryからここで水を浴びてみずびて douse oneself with waterいたら、巡査巡査じゅんさ policeman見つかってつかって was seen; was discovered (by)擂鉢山擂鉢山すりばちやま Suribachiyama (place name)駆け上がったがった ran up話したはなした told; related二人二人ふたり two (people)は擂鉢山の上で月を見てて look at; gaze on帰ったかえった returned (home)

帰り道かえみち the way back; the way homeに与次郎が三四郎に向かってかって turn to; turn toward突然突然とつぜん suddenly借金借金しゃっきん borrowed money; loan言い訳わけ excuse; explanationをしだした。月のさえた比較的比較的ひかくてき relatively; comparatively寒いさむい coldばん evening; nightである。三四郎はほとんどかね moneyの事こと concerning ...などは考えていなかったかんがえていなかった removed from consideration; put out of mind。言い訳を聞くのでさえ本気本気ほんき serious; earnestではない。どうせ返すかえす return; repayことはあるまいと思っておもって think; believeいる。与次郎もけっして返すとは言わない。ただ返せない事情事情じじょう circumstances; reasonsをいろいろに話す。その話し方はなかた manner of speakingのほうが三四郎にはよほどおもしろい。――自分自分じぶん oneself知ってるってる know; be acquainted withさるさる certain; particularおとこ man; fellowが、失恋失恋しつれん unrequited love; heartbreak結果結果けっか result; outcome (of)世の中なか the worldがいやになって、とうとう自殺自殺じさつ suicideをしようと決心した決心けっしんした resolvedが、うみ seaもいやかわ riverもいや、噴火口噴火口ふんかこう mouth of a volcanoはなおいや、首をくくるくびをくくる hang oneself; strangle oneselfのはもっともいやというわけで、やむをえず短銃短銃ピストル pistol買ってって buy; purchaseきた。買ってきて、まだ目的目的もくてき objective; intention遂行遂行すいこう accomplishment; executionしないうちに、友だちともだち friendが金を借りにきたりにきた came to borrow。金はないと断ったことわった refused; declinedが、ぜひどうかしてくれと訴えるうったえる appeal toので、しかたなしに、大事の大事だいじの valuable; important短銃を貸してして lendやった。友だちはそれを質に入れてしちれて pawn一時一時いちじ the present; the time beingをしのいだ。つごうがついて、質を受け出してしちして redeem; recover (a pawned item)返しにきたとき time; occasionは、肝心の肝心かんじんの essential; crucial短銃のぬし ownerはもう死ぬぬ die inclinationがなくなっていた。だからこの男のいのち lifeは金を借りにこられたために助かったたすかった was saved同じおなじ same; equivalent事である。

section 174

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「そういうこと situation; happeningもあるからなあ」と与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)言ったった added; concluded三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)にはただおかしいだけである。そのほかにはなんらの意味意味いみ meaning; significanceもない。高いたかい high; loftyつき moon仰いであおいで look up at大きな声おおきなこえ loud voice出してして put forth笑ったわらった laughedかね money返されないかえされない not be paid backでも愉快愉快ゆかい pleasant; agreeableである。与次郎は、

「笑っちゃいかん」と注意した注意ちゅういした cautioned; advised。三四郎はなおおかしくなった。

「笑わないで、よく考えてかんがえて consider; think aboutみろ。おれが金を返さなければこそ、きみ you美禰子美禰子みねこ Mineko (name)さんから金を借りるりる borrowことができたんだろう」

三四郎は笑うのをやめた。

「それで?」

「それだけでたくさんじゃないか。――君、あのおんな woman; young lady愛しているあいしている be in love withんだろう」

与次郎はよく知っているっている know; be aware of。三四郎はふんと言って、また高い月を見たた looked at。月のそばに白いしろい whiteくも cloud出たた appeared

「君、あの女には、もう返したのか」

「いいや」

「いつまでも借りておいてやれ」

のん気なのんな carefree; easygoing事を言う。三四郎はなんとも答えなかったこたえなかった didn't answer。しかしいつまでも借りておく intentionはむろんなかった。じつは必要な必要ひつような necessary; needed二十円二十円にじゅうえん twenty yen下宿下宿げしゅく lodgings払ってはらって pay残りののこりの remaining十円十円じゅうえん ten yenをそのあくる日あくる next day; following dayすぐ里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)いえ house届けようとどけよう deliver思ったおもった thought (to do)が、いま now返してはかえって、好意好意こうい good will; favorにそむいて、よくないと考え直してかんがなおして reconsider、せっかく門内門内もんない within the gates; onto the premisesに、はいられる機会機会きかい chance; opportunity犠牲にして犠牲ぎせいにして give up; foregoまでも引き返したかえした withdrew。そのとき time; occasion何かの拍子でなんかの拍子ひょうしで for some reason; on some impulse、気がゆるんで、その十円をくずしてしまった。じつは今夜今夜こんや this evening会費会費かいひ participants' feeもそのうちから出ている。自分自分じぶん oneselfばかりではない。与次郎のもそのうちから出ている。あとには、ようやく二、三円三円さんえん two or three yen残っている。三四郎はそれでふゆ winterシャツを買おうおう buy; purchaseと思った。

section 175

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じつは与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)がとうてい返しそうかえしそう return; repayもないから、三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)思いきっておもいきって resolutely、このあいだ国元国元くにもと hometown; native place三十円三十さんじゅうえん thirty yen不足不足ふそく deficit; shortage請求した請求せいきゅうした requested十分な十分じゅうぶんな ample; sufficient学資学資がくし school expenses; education funding月々月々つきづき month by month; each monthもらっていながら、ただ不足だからといって請求するわけにはゆかない。三四郎はあまりうそ lie; falsehoodをついたことのないおとこ man; fellowだから、請求の理由理由りゆ reasonにいたって困却した困却こんきゃくした was at a loss; was hard pressed。しかたがないからただ友だちともだち friendかね moneyをなくして弱っていたよわっていた was in trouble; was in a bindから、つい気の毒になってどくになって feeling pity for貸してやったしてやった lent (to someone)。その結果結果けっか resultとして、今度今度こんど this timeはこっちが弱るようになった。どうか送ってくれおくってくれ please send書いたいた wrote

すぐ返事返事へんじ answer; reply出してして put forthくれれば、もう届くとどく be delivered; arrive時分時分じぶん timeであるのにまだ来ないまだない hadn't come yet今夜今夜こんや this eveningあたりはことによると来ているている be here; have arrivedかもしれぬくらいに考えてかんがえて think about; have on one's mind下宿下宿げしゅく lodgings帰ってかえって return (to)みると、はたして、はは mother手蹟手蹟 hand (writing)で書いた封筒封筒ふうとう envelopeがちゃんとつくえ deskうえ top of乗ってって rest onいる。不思議なことに不思議ふしぎなことに strangely; curiously、いつも必ずかならず invariably; without fail書留書留かきどめ registered mail来るる arriveのが、きょうは三銭三銭さんせん three sen (0.03 yen)切手切手きって (postage) stamp一枚一枚いちまい one (stamp)済ましてあるましてある be managed; be taken care of開いてひらいて openみると、なか insideはいつになく短かいみじかい short; terse。母としては不親切なくらい不親切ふしんせつなくらい impersonal; aloof; cold用事用事ようじ business (matter)だけで申し納めてもうおさめて limit to; confine toしまった。依頼依頼いらい requestの金は野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんのほう care of ...送ったおくった sent (to)から、野々宮さんから受け取れれ receive; getというさしずさしず instructionsにすぎない。三四郎は床を取ってとこって lay out one's beddingねた。

翌日翌日よくじつ next day; following dayもその翌日も三四郎は野々宮さんのところ place; residence行かなかったかなかった didn't go (to)。野々宮さんのほうでもなんともいってこなかった。そうしているうちに一週間一週間いっしゅうかん one weekほどたった。しまいに野々宮さんから、下宿下宿げしゅく lodgings下女下女げじょ maidservant使い使つかい messenger手紙手紙てがみ letter; noteをよこした。おっかさんから頼まれものたのまれもの requested itemがあるから、ちょっと来てくれろとある。三四郎は講義講義こうぎ lecturesすき break; intervalをみて、また理科大学理科りか大学だいがく college of science穴倉穴倉あなぐら underground; cellar降りていったりていった went down (to)。そこで立談立談たちばなし hallway conversationのあいだに事を済ませようことませよう settle a matter; take care of somethingと思ったところが、そううまくはいかなかった。このなつ summerは野々宮さんだけで専領して専領せんりょうして occupyいた部屋部屋へや roomひげ mustacheのはえたひと people; men二、三人三人さんにん several (people)いる。制服制服せいふく (school) uniform着たた wore学生学生がくせい studentsも二、三人いる。それが、みんな熱心に熱心ねっしんに ardently; intently静粛に静粛せいしゅくに silentlyあたま headの上の sun; sunlightのあたる世界世界せかい worldをよそにして、研究研究けんきゅう research; experimentationをやっている。そのうちで野々宮さんはもっとも多忙多忙たぼう busy; occupied見えたえた appeared (to be)。部屋の入口入口いりぐち entrance顔を出したかおした looked in (from)三四郎をちょっと見て、無言のまま無言むごんのまま without words近寄ってきた近寄ちかよってきた approached

section 176

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くに country; one's native placeから、かね money届いたとどいた was delivered; arrivedから、取りに来てくれたまえりにてくれたまえ come over to get (it)いま now; at presentここに持ってって haveいないから。それからまだほかに話すはなす talk over; discussこと matterもある」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)ははあと答えたこたえた replied; responded今夜今夜こんや tonightでもいいかと尋ねたたずねた asked; inquired野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)はすこしく考えてかんがえて consider; think overいたが、しまいに思いきっておもいきって resolutelyよろしいと言ったった replied; answered。三四郎はそれで穴倉穴倉あなぐら underground; cellar出たた left; departed (from)。出ながら、さすがに理学者理学者りがくしゃ scientists根気のいい根気こんきのいい patient; perseveringものだと感心した感心かんしんした was impressed (by)。このなつ summer見たた saw; looked at福神漬福神漬ふくじんづけ sliced vegetables preserved in soy sauceかん canと、望遠鏡望遠鏡ぼうえんきょう telescope依然として依然いぜんとして still; as yetもとのとおりの位置位置いち position備えつけてそなえつけて install; outfit withあった。

つぎ next講義講義こうぎ lecture時間時間じかん time与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)会ってって see; meetこれこれだと話すと、与次郎はばかだと言わないばかりに三四郎をながめて、

「だからいつまでも借りてりて borrowおいてやれと言ったのに。よけいな事をして年寄り年寄としより elders; old folksには心配をかける心配しんぱいをかける cause to worry宗八宗八そうはち Sōhachi (Nonomiya's first name)さんにはお談義をされる談義だんぎをされる be lectured。これくらい愚なおろかな foolish; idiotic事はない」とまるで自分自分じぶん oneselfから事が起こったこった occurred; originatedとは認めてみとめて recognize; acknowledgeいない申し分もうぶん protest; critiqueである。三四郎もこの問題問題もんだい problem; difficultyに関してはかんしては concerning ...、もう与次郎の責任責任せきにん responsibility忘れてわすれて forgetしまった。したがって与次郎の頭にかかってあたまにかかって hang on someone; assign blameこない返事返事へんじ reply; responseをした。

「いつまでも借りておくのは、いやだから、うち homeへそう言ってやったんだ」

きみ youはいやでも、向こうこう the other partyでは喜ぶよろこぶ be happy; be pleasedよ」

「なぜ」

このなぜが三四郎自身自身じしん oneselfにはいくぶんか虚偽虚偽きょぎ falsehood; insincerityひびき echo; ringらしく聞こえたこえた sounded。しかし相手相手あいて companionにはなんらの影響も与えなかった影響えいきょうあたえなかった had no effect; made no impactらしい。

「あたりまえじゃないか。ぼくを人にしたってひとにしたって as a person; as a human同じおなじ the sameことだ。ぼくに金が余っているあまっている have in abundanceとするぜ。そうすれば、その金を君から返してもらうよりも、君に貸してして lendおくほうがいい心持ち心持こころもち feeling; sensationだ。人間人間にんげん people; human beingsはね、自分が困らないこまらない not troubled; not put out程度程度ていど extent; limitない withinで、なるべく人に親切親切しんせつ kindness; considerationがしてみたいものだ」

section 177

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三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)返事返事へんじ reply; responseをしないで、講義講義こうぎ lecture筆記しはじめた筆記ひっきしはじめた started taking notes二、三行三行さんぎょう two or three lines書きだすきだす start to writeと、与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)がまた、みみ earのそばへくち mouth持ってきたってきた brought near (to)

「おれだって、かね moneyのあるとき times; occasionsはたびたびひと people; others貸したした lentことがある。しかしだれもけっして返したかえした returned; repaidものがない。それだからおれはこのとおり愉快愉快ゆかい cheerful; in good spiritsだ」

三四郎はまさか、そうかとも言えなかったえなかった couldn't say薄笑い薄笑うすわらい faint smileをしただけで、またペンを走らしはじめたペンをはしらしはじめた took up one's pen。与次郎もそれからはおちついて、時間時間じかん time終るおわる finish; be overまで口をきかなかった。

ベルが鳴ってって ring二人二人ふたり two (people)肩を並べてかたならべて side by side教場教場きょうじょう classroom出るる leave; exit時、与次郎が、突然突然とつぜん suddenly; abruptly聞いたいた asked

「あのおんな woman; young ladyきみ youにほれているのか」

二人のあとから続々続々ぞくぞく successively; one after another聴講生聴講生ちょうこうせい lecture attendeesが出てくる。三四郎はやむをえず無言のまま無言むごんのまま without speaking梯子段梯子段はしごだん staircase降りてりて descend横手横手よこて side玄関玄関げんかん entrywayから、図書館図書館としょかん libraryわきの空地空地あきち open area; fieldへ出て、はじめて与次郎を顧みたかえりみた looked back at

「よくわからない」

与次郎はしばらく三四郎を見てて look atいた。

「そういうこともある。しかしよくわかったとして、君、あの女のハスバンド husbandになれるか」

三四郎はいまだかつてこの問題問題もんだい problem; question考えたかんがえた consideredことがなかった。美禰子美禰子みねこ Mineko (name)愛せられるあいせられる be lovedという事実事実じじつ fact; truthそのものが、彼女の彼女かのおんなの her (usually 彼女かのじょの)夫たる唯一の唯一ゆいいつの single; solitary資格資格しかく qualificationのような feelingがしていた。言われてみると、なるほど疑問疑問ぎもん question; doubtである。三四郎は首を傾けたくびかたむけた tilted one's head

野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんならなれる」と与次郎が言った。

「野々宮さんと、あの人とは何かなにか something; some sort ofいま now; the presentまでに関係関係かんけい connection; relationshipがあるのか」

三四郎のかお face彫りつけたりつけた carved; chiseledようにまじめであった。与次郎は一口一口ひとくち in short

知らんらん (I) don't know」と言った。三四郎は黙っているだまっている fell silent

「また野々宮さんのところ place; residence行ってって go (to)お談義談義だんぎ lectureを聞いてこい」と言いすてて、相手相手あいて companionいけ pondほう direction行きかけたきかけた set out; set off (toward)。三四郎は愚劣愚劣ぐれつ foolishness; stupidity看板看板かんばん signboardのごとく突っ立ったった stood rooted in place。与次郎は五、六歩六歩ろっぽ five or six steps行ったが、また笑いながらわらいながら smiling; grinning帰ってきたかえってきた came back; returned

「君、いっそいっそ rather; preferablyよし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)さんをもらわないか」と言いながら、三四郎を引っ張ってって drag along、池の方へ連れて行ったれてった took (someone) along歩きながらあるきながら while walking、あれならいい、あれならいいと、二度二度にど twiceほど繰り返したかえした repeated; reiterated。そのうちまたベルが鳴った。

section 178

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三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はその夕方夕方ゆうがた evening野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんのところ place; residence出かけたかけた set out (for)が、時間時間じかん timeがまだすこし早すぎるはやすぎる too earlyので、散歩散歩さんぽ walk; strollかたがたかたがた combined with ...; in part to ...四丁目四丁目よんちょうめ Yonchōme (fourth sub-district)まで来てて came (to)シャツシャツ shirt買いにいに to buy大きなおおきな large唐物屋唐物屋とうぶつや imported goods storeへはいった。小僧小僧こぞう clerkおく interiorからいろいろ持ってきたってきた brought outのをなでてみたり、広げてひろげて spread outみたりして、容易に容易よういに easily買わない。わけもなく鷹揚に鷹揚おうように with airs; in a lordly mannerかまえていると、偶然偶然ぐうぜん by chance美禰子美禰子みねこ Mineko (name)よし子よし Yoshiko (Nonomiya's younger sister)連れ立ってって together香水香水こうすい perfume; fragranceを買いに来た。あらと言ってって exclaim挨拶挨拶あいさつ greeting; salutationをしたあとで、美禰子が、

「せんだってはありがとう」と礼を述べたれいべた expressed thanks。三四郎にはこのお礼の意味意味いみ meaning明らかにあきらかに clearlyわかった。美禰子からかね money借りたりた borrowedあくる日あくる next dayもう一ぺんもういっぺん once more訪問して訪問ほうもんして call on; visit余分余分よぶん extraをすぐに返すかえす return; repayべきところを、ひとまずひとまず for the time being見合わせた見合みあわせた put off; deferred代りにかわりに in exchange for; to compensate for二日二日ふつか two daysばかり待ってって wait、三四郎は丁寧な丁寧ていねいな polite; courteous; thoughtful礼状礼状れいじょう acknowledgment; letter of thanksを美禰子に送ったおくった sent (to)

手紙手紙てがみ letter文句文句もんく wordsは、書いたいた wroteひと personの、書いた当時当時とうじ at the time気分気分きぶん feeling; moodをすなおに表わしたあらわした expressedものではあるが、むろん書きすぎている。三四郎はできるだけの言葉言葉ことば words層々と層々そうそうと layer upon layer排列して排列はいれつして array; arrange感謝感謝かんしゃ thanks; gratitude meaning熱烈に熱烈ねつれつに ardently; passionatelyいたした。普通の普通ふつうの ordinaryもの personから見ればれば view; look atほとんど借金借金しゃっきん loanの礼状とは思われないおもわれない not appear as; not seem to beくらいに、湯気の立った湯気ゆげった steamy; emotionalものである。しかし感謝以外以外いがい apart from; outside ofには、なんにも書いてない。それだから、自然の自然しぜんの natural勢いいきおい force; vigor、感謝が感謝以上以上いじょう more thanになったのでもある。三四郎はこの手紙手紙てがみ letterポストに入れるポストにれる post; mail (a letter)とき time; moment時を移さぬときうつさぬ at once; immediately美禰子の返事返事へんじ reply予期して予期よきして anticipateいた。ところがせっかくの封書封書ふうしょ sealed letterはただ行ったった went (off)ままである。それから美禰子に会うう see; meet機会機会きかい chance; opportunityはきょうまでなかった。三四郎はこの微弱なる微弱びじゃくなる faint; weak「このあいだはありがとう」という反響反響はんきょう reaction; responseに対してたいして in response to、はっきりした返事をする勇気勇気ゆうき courage; nerve出なかったなかった was not forthcoming。大きなシャツを両手両手りょうて both hands eyesのさきへ広げてながめながら、よし子がいるからああ冷淡冷淡れいたん coolness; indifferenceなんだろうかと考えたかんがえた thought; considered。それからこのシャツもこのおんな woman; young ladyの金で買うんだなと考えた。小僧はどれになさいますと催促した催促さいそくした pressed; urged

section 179

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二人二人ふたり two (people)おんな women; young ladies笑いながらわらいながら smilingそばへ来てて came (to); approached、いっしょにシャツシャツ shirts見てて look atくれた。しまいに、よし子よし Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)が「これになさい」と言ったった said; suggested三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はそれにした。今度今度こんど this time; nextは三四郎のほうが香水香水こうすい perfume; fragrance相談を受けた相談そうだんけた was consulted; was asked to advise on。いっこうわからない。ヘリオトロープヘリオトロープ heliotrope (pink-purple flowering plant)書いてあるいてある be written; be labeledびん bottle持ってって pick up、いいかげんに、これはどうですと言うと、美禰子美禰子みねこ Mineko (name)が、「それにしましょう」とすぐ決めためた decided; settled (on something)。三四郎は気の毒どく pitiful; unfortunateなくらいであった。

おもて out front出てて come out (to)別れようわかれよう take leave ofとすると、女のほうが互いにたがいに mutually; to each otherお辞儀辞儀じぎ bow; curtsy始めたはじめた engaged in。よし子が「じゃ行ってきてってきて take care; see you laterよ」と言うと、美禰子が、「お早くはやく hurry back; not too late……」と言っている。聞いていて ask; inquireみて、いもと younger sister (usually いもうと)あに older brother下宿下宿げしゅく lodgingsへ行くところだということがわかった。三四郎はまたきれいな女と二人連で二人連ふたりづれで one-on-one; as a pair追分追分おいわけ Oiwake (place name)ほう direction歩くあるく walk; strollべきべき be obliged to ...よい eveningとなった。 the sunはまだまったく落ちてちて set (sun)いない。

三四郎はよし子といっしょに歩くよりは、よし子といっしょに野々宮の下宿で落ち合わねばならぬわねばならぬ have to meet; have to come together機会機会きかい occasionをいささか迷惑迷惑めいわく bother; annoyance感じたかんじた feltいっそのこといっそのこと rather; preferably今夜今夜こんや this eveningいえ home帰ってかえって return (to)、また出直そう出直でなおそう set out anewかと考えたかんがえた considered。しかし、与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)のいわゆるお談義談義だんぎ lectureを聞くには、よし子がそばにいてくれるほうが便利便利べんり convenient; advantageousかもしれない。まさかひと another (person)まえ front ofで、はは motherから、こういう依頼依頼いらい requestがあったと、遠慮なし遠慮えんりょなし unrestrained注意注意ちゅうい caution; admonition与えるあたえる give; impart (to)わけはなかろう。ことによると、ただかね money受け取るる receive; take charge ofだけで済むむ finish; be settledかもわからない。――三四郎は腹の中ではらなかで to oneself、ちょっとずるい決心決心けっしん determination; resolutionをした。

「ぼくも野々宮さんのところ place; residenceへ行くところです」

「そう、お遊びあそび social call; visitに?」

「いえ、すこしよう matter of businessがあるんです。あなたは遊びですか」

「いいえ、わたし I; me御用御用ごよう matter of businessなの」

section 180

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両方両方りょうほう both sides; both parties同じおなじ same; similarようなことを聞いていて ask、同じようなこたえ answer得たた got; obtained。しかし両方とも迷惑迷惑めいわく bother; annoyance感じてかんじて feelいる気色気色けしき sign; indicationさらにないさらにない be not in the least三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)念のためねんのため for good measure; to be sure、じゃまじゃないかと尋ねてたずねて inquireみた。ちっともじゃまにはならないそうである。おんな young lady; she言葉言葉ことば wordsでじゃまを否定した否定ひていした deniedばかりではない。かお faceではむしろなぜそんなことを質問する質問しつもんする askかと驚いておどろいて be surprisedいる。三四郎は店先店先みせさき storefrontガスの光ガスのひかり gaslightで、女の黒いくろい black; dark eyesなか inside; interiorに、その驚きを認めたみとめた recognized思ったおもった thought; imagined事実としては事実じじつとしては in fact; actually、ただ大きくおおきく large黒く見えたえた appearedばかりである。

バイオリンバイオリン violin買いましたいました boughtか」

「どうして御存じ御存ごぞんじ know about

三四郎は返答返答へんとう reply; answerに窮したきゅうした struggled for; was hard pressed for。女は頓着なく頓着とんじゃくなく indifferently; without concern、すぐ、こう言ったった said; continued

「いくら兄さんにいさん older brotherにそう言っても、ただ買ってやる、買ってやると言うばかりで、ちっとも買ってくれなかったんですの」

三四郎は腹の中ではらなかで to oneself野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)よりも広田広田ひろた (Professor) Hirotaよりも、むしろ与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)非難した非難ひなんした blamed; reproached

二人二人ふたり two (people)追分追分おいわけ Oiwake (place name)通りとおり boulevard; main thoroughfare細いほそい narrow路地路地ろじ alleyway; lane折れたれた turned (into)。折れると中にいえ housesがたくさんある。暗いくらい darkみち lane戸ごとごと each house軒燈軒燈けんとう door lamp照らしてらして shine on; illuminateいる。その軒燈の一つひとつ one (thing)まえ front ofにとまった。野々宮はこのおく interior; withinにいる。

三四郎の下宿下宿げしゅく lodgingsとはほとんど一丁一丁いっちょう 1 chō (about 110 meters; about 120 yards)ほどの距離距離きょり distanceである。野々宮がここへ移ってうつって move; transfer (to)から、三四郎は二、三度三度さんど several times訪問した訪問ほうもんした called on; came to visitことがある。野々宮の部屋部屋へや room広いひろい wide廊下廊下ろうか hallway突き当ってあたって come to the end of二段二段にだん two stepsばかりまっすぐに上がるがる ascend; step upと、左手左手ひだりて left side離れたはなれた be separated二間二間ふたま two roomsである。南向き南向みなみむき facing southによその広いにわ gardenをほとんどえん verandaした below; beneath控えてひかえて hold close to; have immediately presentひる day (time)よる night至極至極しごく exceedingly静かしずか quiet; stillである。この離れ座敷はな座敷ざしき detached rooms立てこもったてこもった sealed oneself up in; situated oneself in野々宮さんを見たとき time; occasion、なるほど家を畳んでたたんで fold up; close; vacate下宿をするのも悪いわるい bad思いつきおもいつき ideaではなかったと、はじめて来たた came; visited時から、感心した感心かんしんした was impressedくらい、居心地のいい居心地いごこちのいい comfortable; cosyところ placeである。その時野々宮さんは廊下へ下りてりて descend; step down (to)、下から自分の自分じぶんの one's own部屋部屋へや roomのき eaves見上げて見上みあげて look up at、ちょっと見たまえ、藁葺藁葺わらぶき straw thatchingだと言った。なるほど珍しくめずらしく unusually; unexpectedly屋根屋根やね roofかわら roof tiles置いていて set; placeなかった。

section 181

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きょうはよる eveningだから、屋根屋根やね roofはむろん見えないえない cannot be seenが、部屋部屋へや roomなか insideには電燈電燈でんとう (electric) lightがついている。三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は電燈を見るる seeやいなや藁葺藁葺わらぶき straw thatching思い出したおもした recalled; remembered。そうしておかしくなった。

妙なみょうな odd; curiousお客きゃく visitors; guests落ち合ったった met up; fell togetherな。入口入口いりぐち entrance会ったった metのか」と野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんがいもうと younger sister聞いていて askいる。妹はしからざるむねしからざるむね that it's not so説明して説明せつめいして explainいる。ついでに三四郎のようなシャツシャツ shirt買ったらったら buy; purchaseよかろうと助言して助言じょげんして advise; suggestいる。それから、このあいだのバイオリンバイオリン violin和製和製わせい Japanese-made sound悪くってわるくって no good; of poor qualityいけない。買うのをこれまで延期した延期えんきした deferred; put offのだから、もうすこし良いい fine; niceのと買いかえてくれと頼んでたのんで ask; requestいる。せめて美禰子美禰子みねこ Mineko (name)さんくらいのなら我慢する我慢がまんする make due with言ってって say; stateいる。そのほか似たりよったりのたりよったりの of a similar vein駄々をしきりにこねて駄々だだをしきりにこねて continue whining; vent one's problemsいる。野々宮さんはべつだんこわい顔こわいかお angry lookもせず、といって、優しいやさしい kind; gentle言葉言葉ことば wordsもかけず、ただそうかそうかと聞いている。

三四郎はこのあいだなんにも言わずにいた。よし子よし Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)愚なな silly; triflingこと mattersばかり述べるべる express; mention。かつ少しもすこしも (not) in the least遠慮遠慮えんりょ reserve; restraintをしない。それがばかとも思えなければおもえなければ couldn't regard as ...、わがままとも受け取れないれない couldn't take for ...あに older brotherとの応待応待おうたい interaction; exchangeをそばにいて聞いていると、広いひろい wide; spacious日あたりのいいあたりのいい sunlit; brightはたけ (farm) field出たた came out (to)ような心持ち心持こころもち feelingがする。三四郎は来たるべきたるべき to come; ... that must followお談義談義だんぎ lectureの事こと concerning ...をまるで忘れてわすれて forgetしまった。そのとき time; moment突然突然とつぜん suddenly驚かされたおどろかされた be surprised; be caught off guard

「ああ、わたし忘れていた。美禰子さんのお言伝言伝ことづて messageがあってよ」

「そうか」

「うれしいでしょう。うれしくなくって?」

野々宮さんはかゆいような顔をした。そうして、三四郎のほう direction向いたいた turned toward

「ぼくの妹はばかですね」と言った。三四郎はしかたなしに、ただ笑ってわらって smile; grinいた。

「ばかじゃないわ。ねえ、小川小川おがわ Ogawa (Sanshirō's family name)さん」

三四郎はまた笑っていた。腹の中でははらなかでは within; deep downもう笑うのがいやになった。

「美禰子さんがね、兄さんにいさん older brother文芸協会文芸ぶんげい協会きょうかい Literary Society演芸会演芸会えんげいかい performance; show連れて行ってれてって take along; escortちょうだいって」

里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name; referring here to Mineko's older brother)さんといっしょに行ったらったら go; attendよかろう」

御用御用ごよう business; prior engagementがあるんですって」

お前まえ youも行くのか」

「むろんだわ」

section 182

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野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんは行くく goとも行かないとも答えなかったこたえなかった didn't answer。また三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)ほう direction向いていて turn toward今夜今夜こんや this evening; tonightいもうと younger sister呼んだんだ called; summonedのは、まじめのよう matter of businessがあるんだのに、あんなのん気のん carefree; easygoingばかり言ってって talk (of)いて困るこまる be troubled話したはなした stated; explained聞いていて ask; inquireみると、学者学者がくしゃ scholarだけあって、存外存外ぞんがい unexpectedly淡泊淡泊たんぱく frank; candidである。よし子よし Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)縁談縁談えんだん marriage proposalくち opening; opportunityがある。くに country; one's native placeへそう言ってやったら、両親両親りょうしん parents異存異存いぞん objectionはないと返事返事へんじ reply; responseをしてきた。それについて本人本人ほんにん the person in question意見意見いけん opinion; viewをよく確かめるたしかめる ascertain; make sure of必要必要ひつよう necessity起こったこった arose; came aboutのだと言う。三四郎はただ結構結構けっこう splendid; niceですと答えて、なるべく早くはやく quickly自分自分じぶん oneselfのほうを片づけてかたづけて wrap up; take care of帰ろうかえろう return; go homeとした。そこで、

はは motherからあなたにごめんどうごめんどう (someone's) care願ったねがった requestedそうで」と切り出したした broached (a subject)。野々宮さんは、

「なに、大してたいして (not so) muchめんどうでもありませんがね」とすぐにつくえ desk引出し引出ひきだし drawerから、預かったあずかった was entrusted withものを出して、三四郎に渡したわたした handed (to)

「おっかさんが心配して心配しんぱいして worry; be concerned長いながい long手紙手紙てがみ letter書いていて writeよこしましたよ。三四郎は余儀ない余儀よぎない unavoidable; beyond one's control事情事情じじょう circumstances月々の月々つきづきの monthly学資学資がくし education funds友だちともだち friend貸したした lent (to)と言うが、いくら友だちだって、そうむやみにかね money借りるりる borrowものじゃあるまいし、よし借りたって返すかえす return; pay backはずだろうって。いなかのもの people正直正直しょうじき honest; uprightだから、そう思うおもう think; considerのもむりはない。それからね、三四郎が貸すにしても、あまり貸し方かた manner of lending大げさおおげさ grandiose; excessiveだ。おや parentから月々学資を送っておくって send; remitもらう身分身分みぶん social positionでいながら、一度に一度いちどに at one time二十円二十円にじゅうえん twenty yen三十円三十円さんじゅうえん thirty yenのと、ひと another (person)用立てる用立ようだてる lend money (to)なんて、いかにも無分別無分別むふんべつ thoughtlessness; indiscretionだとあるんですがね――なんだかぼくに責任責任せきにん responsibilityがあるように書いてあるから困る。……」

野々宮さんは三四郎を見てて look at、にやにや笑ってわらって smile; grinいる。三四郎はまじめに、「お気の毒ですどくです sorry for your trouble」と言ったばかりである。野々宮さんは、若いわかい young者を、極めつけるめつける give a scolding; take to taskつもりで言ったんでないとみえて、少しすこし a little; a bit調子調子ちょうし tone; manner (of speaking)変えたえた changed

「なに、心配することはありませんよ。なんでもないこと matterなんだから。ただおっかさんは、いなかの相場相場そうば market pricesで、金の価値価値かち value; worthをつけるから、三十円がたいへん重くなるおもくなる important; seriousんだね。なんでも三十円あると、四人の四人よにんの four-person家族家族かぞく family半年半年はんねん half a year食っていけるっていける feed oneself; live off ofと書いてあったが、そんなものかな、きみ you (used here as form of address)」と聞いた。よし子は大きなおおきな big; loud (voice)こえ voiceを出して笑ったわらった laughed。三四郎にもばかげているところがすこぶるおかしいんだが、母の言条言条いいじょう one's say; one's pointが、まったく事実事実じじつ reality離れたはなれた separated (from)作り話つくばなし fiction; fabricationでないのだから、そこに気がついたがついた realized; became aware ofとき time; momentには、なるほど軽率な軽率けいそつな rash; imprudent事をして悪かったわるかった was in the wrongと少しく後悔した後悔こうかいした regretted

section 183

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「そうすると、つき (one) month五円五円ごえん 5 yenのわりだから、一人前一人前ひとりまえ one (person's) portion一円二十五銭一円いちえん二十五銭にじゅうごせん 1 yen and 25 sen (1.25 yen)にあたる。それを三十日三十日さんじゅうにち thirty days割りつけるりつける distribute; divide amongと、四銭四銭よんせん 4 sen (0.04 yen)ばかりだが――いくらいなかでも少しすこし a little; a bit安すぎるやすすぎる too little (money)ようだな」と野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんが計算を立てた計算けいさんてた performed the calculation

なに what食べたらべたら eat、そのくらいで生きてきて live (on)いられるでしょう」とよし子よし Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)がまじめに聞きだしたきだした asked三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)後悔する後悔こうかいする regret; be sorryひま timeがなくなって、自分自分じぶん oneself知っているっている know of; be familiar withいなか生活生活せいかつ life; lifestyleのありさまをいろいろ話して聞かしたはなしてかした explained; related。そのなかには宮籠り宮籠みやごもり supplication day (an entire day spent in the shrine)という慣例慣例かんれい customもあった。三四郎のいえ houseでは、ねん year一度一度いちど one timeずつむら village全体全体ぜんたい whole; entirety十円十円じゅうえん ten yen寄付する寄付きふする contribute; donateことになっている。そのとき time; occasionには六十戸六十戸ろくじゅっこ sixty householdsから一人ずつ一人ひとりずつ one person each出てて come forth; take part、その六十人六十人ろくじゅうにん sixty peopleが、仕事仕事しごと work休んでやすんで take time off (from)、村のお宮みや Shinto shrine寄ってって gather togetherあさ morningからばん nightまで、さけ saké飲みつづけに飲んでみつづけにんで drink non-stop、ごちそうを食いつづけに食ういつづけにう eat to one's heart's contentんだという。

「それで十円」とよし子が驚いておどろいて be surprisedいた。お談義談義だんぎ lectureはこれでどこかへいったらしい。それから少し雑談雑談ざつだん idle talkをして一段落ついた一段落いちだんらくついた let up; reached a pause時に、野々宮さんがあらためて、こう言ったった said

「なにしろ、おっかさんのほうではね。ぼくが一応一応いちおう more or less; roughly事情事情じじょう circumstances調べて調しらべて look into不都合不都合ふつごう trouble; wrongdoingがないと認めたらみとめたら deem; judgeかね money渡してわたして hand over; give toくれろ。そうしてめんどうでもその事情を知らせてらせて inform; let know aboutもらいたいというんだが、金は事情もなんにも聞かないうちに、もう渡してしまったしと、――どうするかね。きみ youたしかに佐々木佐々木ささき Sasaki (Yojirō's family name)貸したした lentんですね」

三四郎は美禰子美禰子みねこ Mineko (name)からもれて、よし子に伝わってつたわって transmitted through; by way of、それが野々宮さんに知れているんだと判じたはんじた guessed; figured。しかしその金が巡り巡ってめぐめぐって making the roundsバイオリンバイオリン violin変形した変形へんけいした transformed; morphed (into)ものとは、兄妹兄妹きょうだい brother and sisterとも気がつかないがつかない not have noticed; not be awareから一種一種いっしゅ one kind (of)妙なみょうな odd; strange感じかんじ feelingがした。ただ「そうです」と答えてこたえて respondedおいた。

「佐々木が馬券馬券ばけん horse (wagering) ticket買ってって buy; purchase自分の自分じぶんの one's own金をなくしたんだってね」

「ええ」

よし子はまた大きなおおきな big; loud (voice)こえ voice出してして put forth笑ったわらった laughed

「じゃ、いいかげんにおっかさんのところ place; residenceへそう言ってあげよう。しかし今度今度こんど next timeから、そんな金はもう貸さないことにしたらいいでしょう」

三四郎は貸さないことにするむねを答えて、挨拶挨拶あいさつ salutationをして、立ちかけるちかける start to get upと、よし子も、もう帰ろうかえろう return; go homeと言い出した。

section 184

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「さっきのはなし talk; discussionをしなくっちゃ」とあに older brother注意した注意ちゅういした cautioned

「よくってよ」といもうと younger sister拒絶した拒絶きょぜつした refused

「よくはないよ」

「よくってよ。知らないらない don't know; have no opinionわ」

兄は妹のかお face見てて look at黙ってだまって remain silentいる。妹は、またこう言ったった said; continued

「だってしかたがないじゃ、ありませんか。知りもしないひと personところ placeへ、行くく go (to)か行かないかって、聞いたいた askって。好きき like (for something)でもきらいでもないんだから、なんにも言いようはありゃしないわ。だから知らないわ」

三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)は知らないわの本意本意ほんい true feelings; meaning behind ...をようやく会得した会得えとくした understood; grasped兄妹兄妹きょうだい (older) brother and (younger) sisterをそのままにして急いでいそいで hastily表へ出たおもてた went out (front); made one's exit

人の通らないひととおらない quiet; deserted軒燈軒燈けんとう door lampばかり明らかなあきらかな clear; visible路地路地ろじ alleyway; lane抜けてけて cut through表へ出ると、かぜ wind吹くく blowきた north向き直るなおる turn towardと、まともに顔へ当るあたる hit; strike時を切ってときって periodically; at intervals自分の自分じぶんの one's own下宿下宿げしゅく lodgingsほう directionから吹いてくる。その時三四郎は考えたかんがえた considered。この風のなか middle; midstを、野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんは、妹を送っておくって see off; escort里見里見さとみ Satomi (Mineko's family name)まで連れてれて take; lead (a person)いってやるだろう。

下宿の二階二階にかい second floor上ってあがって ascend; climb up (to)、自分の部屋部屋へや roomへはいって、すわってみると、やっぱり風のおと soundがする。三四郎はこういう風の音を聞くたびに、運命運命うんめい fate; destinyという word思い出すおもす call to mind。ごうと鳴ってって sound; resonateくるたびにすくみたくなるすくみたくなる want to shrink; want to cower。自分ながらけっして強いつよい strong; toughおとこ man; fellowとは思っておもって think; considerいない。考えると、上京上京じょうきょう arrival in Tōkyō以来以来いらい since ...自分の運命はたいがい与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)のためにこしらえられている。しかも多少多少たしょう more or less; somewhat程度程度ていど extentにおいて、和気靄然たる和気わき靄然あいぜんたる congenial; amiable翻弄翻弄ほんろう trifling with; leading by the nose受けるける receiveようにこしらえられている。与次郎は愛すべきあいすべき lovable悪戯者悪戯者いたずらもの mischief-makerである。向後向後こうご hereafterもこの愛すべき悪戯者のために、自分の運命を握られていそうにぎられていそう look to be grasped (by); look to be subject (to)に思う。風がしきりに吹く。たしかに与次郎以上以上いじょう above and beyondの風である。

section 185

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三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)はは motherから来たた came; arrived三十円三十円さんじゅうえん thirty yen枕元枕元まくらもと bedside; next to one's pillow置いていて set; place寝たた went to bed; retired。この三十円も運命運命うんめい fate; destiny翻弄翻弄ほんろう trifling with; leading by the nose生んだんだ gave rise to; brought aboutものである。この三十円がこれからさきどんな働きはたらき workings; functionをするか、まるでわからない。自分自分じぶん oneselfはこれを美禰子美禰子みねこ Mineko (name)返しかえし return; repay行くく go (to do)。美禰子がこれを受け取るる take; receiveとき time; occasionに、また一煽り一煽ひとあおり a rush (of something); a fanning (of flames)来るる come; arriveにきまっている。三四郎はなるべく大きくおおきく in a big way; in grand fashion来ればいいと思ったおもった thought

三四郎はそれなり寝ついた。運命も与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)手を下しようのないくだしようのない beyond reach of; outside the influence ofくらいすこやかなすこやかな vigorous; sound眠りねむり sleep; slumber入ったった entered (into)。すると半鐘半鐘はんしょう fire bell; fire alarmおと sound目がさめたがさめた woke up。どこかで人声人声ひとごえ voicesがする。東京東京とうきょう Tōkyō火事火事かじ fireはこれで二へん目へん second timeである。三四郎は寝巻寝巻ねまき pajamasうえ top of羽織羽織はおり haori (Japanese half coat)引っかけてっかけて pull onまど windowをあけた。かぜ windはだいぶ落ちているちている was settled; had died down向こうこう across the way二階屋二階屋にかいや two-story houseが風の鳴るる sound; roarなか middle; midstに、まっ黒まっくろ pitch black見えるえる appearedいえ houseが黒いほど、家のうしろのそら sky赤かったあかかった was red

三四郎は寒いさむい coldのを我慢して我慢がまんして endure; put up with、しばらくこの赤いものを見つめていた。その時三四郎のあたま head; mindには運命がありありと赤く映ったうつった was reflected; was displayed。三四郎はまた暖かいあたたかい warm蒲団蒲団ふとん futon; beddingの中にもぐり込んだもぐりんだ slipped into; crawled into。そうして、赤い運命の中で狂い回るくるまわる run amok多くのおおくの numerousひと people身の上うえ one's fortune; one's welfare; one's lot忘れたわすれた forgot

夜が明ければければ when dawn broke常のつねの ordinary; usual人である。制服制服せいふく (school) uniformをつけて、ノートノート notebook持ってって hold; carry学校学校がっこう school出たた set out; set off (for)。ただ三十円をふところ pocketにすることだけは忘れなかった。あいにく時間割時間割じかんわり scheduleのつごうが悪いわるい not good三時三時さんじ three (o'clock)までぎっしり詰まってぎっしりまって packed tightいる。三時過ぎぎ after ...; past ...行けばけば go; visitよし子よし Yoshiko (name of Nonomiya's younger sister)も学校から帰って来ているかえってている be home fromだろう。ことによれば里見恭助里見さとみ恭助きょうすけ Kyōsuke Satomi (name of Mineko's older brother)というあに older brother在宅在宅うち at homeかもしれない。人がいては、かね moneyを返すのが、まったくだめのような feelingがする。

section 186

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また与次郎与次郎よじろう Yojirō (name)話しかけたはなしかけた addressed; engaged (in conversation)

「ゆうべはお談義談義だんぎ lecture聞いたいた listened to; heardか」

「なにお談義というほどでもない」

「そうだろう、野々宮野々宮ののみや Nonomiya (name)さんは、あれで理由のわかった理由わけのわかった sensible; reasonableひと personだからな」と言ってって say; remarkどこかへ行ってって go (to)しまった。二時間後二時間後にじかんご two hours later講義講義こうぎ lectureとき timeにまた出会った出会であった came across; encountered

広田先生広田ひろた先生せんせい Professor Hirotaのことは大丈夫大丈夫だいじょうぶ alright; okayうまくいきそうだ」と言う。どこまでこと matters; affairs運んだはこんだ proceeded; progressedか聞いてみると、

「いや心配しないでもいい心配しんぱいしないでもいい there's no need to worry。いずれゆっくり話す。先生がきみ youがしばらく来ないない not come (over); not visitと言って、聞いていたぜ。時々時々ときどき sometimes; from time to time行くがいい。先生は一人もの一人ひとりもの unmarried man; bachelorだからな。我々我々われわれ we; us慰めてなぐさめて comfort; consoleやらんと、いかん。今度今度こんど next time何かなにか something買って来いってい buy (and bring with)」と言いっぱなして、それなり消えてえて disappearしまった。すると、次のつぎの next時間にまたどこからか現われたあらわれた appeared。今度はなんと思ったおもった thoughtか、講義の最中最中さいちゅう middle ofに、突然突然とつぜん suddenly

かね money受け取ったりったり receivedや」と電報電報でんぽう telegramのようなものを白紙白紙しらかみ blank sheet (of paper)書いていて write出したした put forth; presented三四郎三四郎さんしろう Sanshirō (name)返事返事へんじ reply; responseを書こうと思って、教師教師きょうし instructorほう direction見るる lookと、教師がちゃんとこっちを見ている。白紙を丸めてまるめて ball upあし feetした beneathへなげた。講義が終るおわる end; be concludedのを待ってって wait for、はじめて返事をした。

「金は受け取った、ここにある」

「そうかそれはよかった。返すかえす return; repayつもりか」

「むろん返すさ」

「それがよかろう。はやく返すがいい」

「きょう返そうと思う」

「うん昼過ぎ昼過ひるすぎ afternoonおそくならいるかもしれない」

「どこかへ行くのか」

「行くとも、毎日毎日毎日まいにち毎日まいにち (each and) every day paintingにかかれに行く。もうよっぽどできたろう」

原口原口はらぐち Haraguchi (name)さんのところ placeか」

「うん」

三四郎は与次郎から原口さんの宿所宿所しゅくしょ address (of one's lodgings)を聞きとった。